■ 2005/09/11 (Sun) 拾い読み 日本の速記界とあなたの覚悟
 「早稲田速記講座」の“速記とは”の内容紹介で「速記の歴史」の中に「日本の速記界とあなたの覚悟」について掲載されております。
 
 日本の速記界とあなたの覚悟
 これから説明しますが、速記の恩恵というものは実に無限であって、全国挙げてスピード時代と言われる今日、日常生活の能率化のために、またマスコミの発達とともに速記がもっと利用されなければならないのですが、遺憾ながら、まだ我が速記界の現状は、これを欧米諸国と比べて非常なおくれがあり、まだ欧米諸国のように大衆に広く普及されていません。ただ国民の一小部分の特殊専門家の間でしか使用されていないという状況です。
 ここで本会(※)では一般大衆だれでもがこの速記の恩恵に浴せるよう、通信教育によって速記の真の目的を達成させるよう、あらゆる困難を克服して、普及活動を続けている次第なのです。これは実に一面においては、我が国速記界の面目を一新し、一方国家社会の文化発展に資するところ大なるものであることを確信する次第です。あなたはよくこの日本速記界の現状を玩味熟読され、速記界のため、世界のため、人のため、ひいてはあなた自身のために決然として立ち、ますます奮闘努力研究に邁進されることをここに切望いたします。
※早稲田速記普及協会
 
 通信教育のテキストに「創案当時の五大綱領」(昭和30年に発表)が掲載されたのは昭和43年のテキストからです。
 言葉は違いますが、中根正世著「通俗 中根式速記法」等々で同じようなことが掲載されております。
 中根式には「立案の根本方針」があります。
 
 

■ 2005/09/10 (Sat) 拾い読み 標準速記文字の確立
 日本速記協会機関誌「日本の速記」(昭和25年1月号 第173号)に「標準速記文字の確立」という投稿があります。
 
標準速記文字の確立
山 本 敏 郎
 速記術が日本に行われてから60余年を経た今日、我が国速記界はその源流方式と派生方式との多様性に支配されてきたことは、速記関係者のだれもが認めるところである。
 明治以来幾多の先輩の手によって斯術の向上進歩のためにたゆまぬ研究と努力が日本語、特にその音声言語に対して傾けられたことは、その偉業とともに我々の深く敬意を払うところであり、日本文化に貢献したその功績については、既にあまねく認められているところである。
 ここにおいて我が国の速記文字の発生以来、実経験による切実な技術向上の必要性によってその改良が要請され、また一方には全然新たな体系によって創案された別派の速記文字の実用化が図られるに及んで、まさに日本速記界はその多様性においては、恐らく諸外国にもその比を見ないであろうと思われる現象を生じたわけである。
 現今では一般に速記方式は60ないし80種と言われているが、このように多種類であっても、その源流方式を次第に改良していった派生方式が大部分を占めており、厳密に言えば純然たる一方式と称するのは、あるいは一考を要するのではないかとも思われるような単純な改良のみのものもある。しかして60余年の年月を経た日本速記のあり方は、果たしてこれでよいであろうか。この問題をここで考えたいのである。60ないし80余種の速記方式が60余年の間に発案されているとすれば、平均して1年に一種類の速記方式が過去において生まれたことになるわけで、方式の改良においては、その進度の早いのに反して根本的な改良を加えられたもの、画期的な方式を創案したものが果たして幾つあったであろうか。
 ただここに注意したいことは、将来国会の議事速記を担当すべき者を育成する衆参両院の速記者養成所において「速記の研究に関する事項」とその任務の1つとして着々その成果を上げており、また民間においても2〜3の速記者養成機関はそれぞれその方式の改良進歩に努力しているようであるが、これは速記界のために極めて意義深いものがあるというべきであろう。
 このときにおいてさらに考えなければならないことは、日本の速記文化という大局の上に立って、1つのまとまった体系の速記方式を打ち立てることが必要ではなかろうかということである。各流派の陣営に閉じこもって個々的に自己の流派のみの工夫改善に終止することなく、また日本文化の立場から言って文化人として立つ速記人が視野を広めて、その研究舞台を大きなものにすることが考えられなければならない。過去における速記界は意識的ないしは無意識的の官と民という概念による対立、疎通がなかったと言えるであろうか。この微妙な感情が速記人の大同団結を阻む暗雲となって、多年速記界の空に低迷していた事実は覆うべくもない。この際お互いはこの感情を払拭して、速記人同志の協力をはかり、こと速記に関する限りは民と官の意識をかなぐり捨てて、よりよき理想のもとに速記術の向上と進歩に努力しなければならない。
 そこで私の言いたいのは、従来の各方式関係者が自己の依拠する方式に拘泥することなく、真に標準となる日本速記文字を確立するために、一大糾合を行い、速記術の総合研究機関を設置して、普遍性、妥当性ある研究をとげて速記界のエルサレムとなることをこいねがう次第である。
 
※衆議院速記者養成所第20期(昭和11年入所、昭和13年卒業。教官:鈴木庄平 大正6年3月〜昭和34年9月12日逝去)
 
 

■ 2005/09/10 (Sat) 拾い読み 速記の歴史 2
 文部省認定通信教育「早稲田速記講座 1巻 基本編」に「第1巻の読み方」について下記の説明があります。
 
6.第1巻の読み方
 早稲田式速記講座の第1巻には、速記というものについての講義が1日の勉強量に関係なく下段に通してありますから、実際の速記文字を勉強する前にざっと軽く読んでしまいましょう。まず全体を知ることが必要です。では、頑張って早稲田式をあなたのものとしてください。
 
 「速記とは」の内容には下記のことが掲載されております。早稲田式以外の学習者が読んでも参考になります。
 
〔1〕速記とは
 @速記の定義
 A速記の用語
 B速記は民衆の文字
  漢字の伝来
  仮名文字の発明
  現代の文字
  速記文字が国字となるか?
  あなたの使命
〔2〕速記に使う文房具
 @筆記用具とその使い方
  筆記具の使用法
  筆記具の持ち方
  正しい持ち方
  運筆法
 A速記用紙
〔3〕速記の習い方
 @単独練習の方法
 A共同練習の方法
〔4〕速記の歴史
 @欧米と日本の速記
 A欧米における速記の起こりと発達
  速記の元祖
  世界最初の速記書
  中興の祖アイザック・ピットマン
  速記界の現状
 B日本における速記の起こりと発達
  中国の速記界
  日本古代の筆記法
  日本の速記
  日本最初の速記書籍
  速記の分派
  早稲田式速記法
  日本速記界とあなたの覚悟
〔5〕速記の科学的価値
  身振りや表情で意思をあらわす場合
  言葉によって意思を表現する場合
  文字で意思をあらわす場合
  速記の学問的価値
〔6〕速記の実用的価値
 
などが掲載されておりますが、私が速記講座で読んだのは「速記の歴史」です。
 「拾い読み 速記の歴史1」で、紹介しておりますが、「早稲田速記講座 1巻」に掲載しているものです。活版印刷が盛んな時代ですので誤植が何カ所かあります。
 1巻は50音ですが、1ヵ月間(1日3時間1週6日)で学習できるように作成しておりますが、私が実際に学習したのは3日ぐらいです。講座の説明を読まないでノートに速記文字を書き写して丸暗記しながら早稲田式の通信教育「総合技術課程」を修了しました。
 私が速記講座の説明を読んだのは高校時代に速記同好会を結成して同好会員に指導をするときに初めて読んだ程度です。私が速記講座でまじめに読んだのは「速記の歴史」だけです。
 「日本速記八十年史」及び「速記年表」は社団法人日本速記協会へ直接申し込んで高校時代に読み終わっております。
 
 

■ 2005/09/10 (Sat) 拾い読み 速記の歴史 1
 文部省認定通信教育「早稲田速記講座 第1巻 基本編」の70ページから96ページの下段に「速記の歴史」が掲載されております。
 
〔4〕速記の歴史
(前略)
B日本における速記の起こりと発達
日本の速記
 では一体いつごろから日本では速記が使い始めたか、また速記の元祖は一体だれか、どういう道筋をたどって速記が現在まで発達してきたか、速記界の現状、速記の種類は一体何種類くらいあるか。
 まず日本の速記界の先覚者、日本の速記の元祖として我々の忘れてはならぬのは岩手県の人、田鎖綱紀です。田鎖氏は明治4〜5年ごろ、17〜18歳のときに東京に出て、当時日本に在住していたアメリカ人で鉱山学士であったロバート・ジー・カーライルのもとで勉学中、アメリカのグラーム氏が公にしたアメリカン・スタンダード・ステノフォノグラフィーを見て非常に感ずるところがあり、日本語に速記を応用するのに約10年間苦心惨たんの末、ようやく1つの方法を発明し、明治15年9月17日の時事新報の第65号に楳廼家元園子という名前で「日本傍聴記録法」という題名で速記法を発表しました。これが日本で最初に公に発表された記音的速記法だそうです。同15年10月28日に東京日本橋通り3丁目に「日本傍聴筆記法講習会」の開講式を挙げ速記学術の実地普及をしました。翌16年5月にその第一期生を送って初めて速記者というものを送り出したわけです。しかし当時の速記法はまだ幼稚なもので、その後明治19年3月に至って最初の式に改良を加えました。それまでは濃(太)線を使っていたのを全部淡線文字に改めて「大日本記音学書」という名前で速記の本を発行しました。さらに明治22年にも「早書学」として改訂版を発行しましたが、(45年にもさらに解消して発表されている)この新しい速記法はかえって前の速記法に圧せられて余り世に知られるに至っていません。
 しかし明治23年第1回の帝国議会が開設されると同時に速記課もまた設立され、その議事の筆記を速記で記録することになったのです。そのために速記術応用の傾向が一段と高まり、田鎖式以外の諸式も雨後のタケノコのように創案され、現在においては実に20数種(昭和35年現在24種)の速記方式が発表されているという状態です。田鎖氏が速記界に尽くされた功績、ひいては国家社会に貢献した偉業は実に大きなものです。時の内閣総理大臣伊藤博文公は勅令を奉じて田鎖氏の功績を表彰、藍綬褒章を授与し、かつ年金を下賜されております。
日本最初の速記書籍
 田鎖氏が明治15年9月の時事新報に「日本傍聴記録法」を掲載されたことは前述のとおりですが、その翌年明治16年7月に黒岩大氏、日置益共著で「傍聴筆記新報」という速記の本が発刊されております。この式は田鎖式とは全然違い、アメリカ人リンヅリー氏のあらわしたタキグラフィーという速記の本を参考にして考案されています。我が国において速記の書物として出版されたものは、これが最初の本ですが、残念なことに実際の用には供されず、余りに速記学的に無理な線を使っていたために一般には普及されませんでした。
速記の分派
 田鎖綱紀の門下生に若林、酒井、市東、吉木の諸氏があり、さらに若林氏の門下生に川守田、佃、荒浪氏等あり、林氏の門下に山口氏あり、酒井氏には今村氏、伊藤氏には熊崎氏その他の門下生があり、吉木氏には丹羽氏あり、さらに佃氏の門下には鈴木、石橋氏その他多くの門下生が続出しております。以上の諸氏のうち若林?蔵氏、荒浪市平氏、熊崎健一郎氏、佃氏、丹羽氏等はそれぞれ研究を発表されております。
 その中で荒浪氏は「写言術」と題して発表され、熊崎氏は従来の速記法に一大改良をして熊崎式として天下に普及しました。次に田鎖氏一派の速記法とはちょっと違った速記方式があります。
 それは明治26年、当時千葉県立中学校の教師であったイギリス人エドワード・ガントレット氏の発表した「新式日本語速記術」です。ガントレット氏は数カ年を費やして日本語の速記法を考案し、明治32年12月に前記の本を公にしたのですが、森上富夫氏ほか、2〜3人の職業速記者を出したのみで、一般には余り普及されませんでした。次いで明治38年には当時山梨県知事であった法学士武田千代三郎氏が、ピットマン式にならってアイウエオ50音字が全部単画と見られる新方式を案出されたのですが、この式も現在余り普及されていないようです。
 そのほか中根正親氏が創案した中根式速記法は、大正3年5月10日大阪毎日新聞により公表され、大正4年9月より正親氏の令弟正世氏が継いでこの普及に精進されており、大正6年には森山波三氏の新速記法が発表され、それと前後して中根氏の門下生であった森卓明氏が中根式に改良を加えて超中根式を公表し、毛利高範氏は、ドイツ文字派を研究の末、大正9年に毛利式「毛利式日本速記術」という書を公にされております。昭和に入って、昭和2年に牧泰之輔氏によって牧式(新熊崎式ともいう)が発表され、昭和6年に国字常弘氏の創案した国字式が発表されました。国字氏は現在広島で「寿光式」と称する別の速記方式を発表したようです。特色のある速記方式として、昭和7年に岩村学氏の考案した「岩村式カナ速記」があります。終戦後になって昭和21年に米田式が発表され、昭和25年には田鎖一氏(綱紀氏長男)によつて「67年式」が発表されました。これは田鎖綱紀氏の発表された速記法とは全然違います。続いて同26年には山根祐之氏の山根式が発表され、現在大阪で普及されております。
(※文字数の関係で後略)
 
 

■ 2005/09/10 (Sat) 拾い読み 超中根式を志す人々のために
 日本速記協会機関誌「日本の速記」(昭和25年1月号 第173号)に「超中根式速記を志す人々のために」という原稿が掲載されております。
 中根式とどこが違うか
 「私は大正8年8月22日より6日間、毎夜7時半より2時間あて、初日は京都基督教青年会館、第2日目からは、聖護院京都速記学校(現在なし)において、第4回、中根式速記法講習会のあった節、発案者中根正親氏の講習を受けたのである。爾来、主として独学で、速記の学と術と研究を重ね、時々中根正世氏のご教授にあづかりつつ、3年の後どうやら速記の実務に就き得るまでになったのである。」
 「さて、本書(超中根式速記法)の立場は、私の現在(昭和6年8月)までの研究の総決算であり、私の速記法に対する理想の一部の具体的表現である。なお、中根式速記法創案以来の発達進化のあとを明らかにするため、ところどころに由来を付記しておいた。私は今なお方式の研究をやめない。今現にさらに高次の縮記法について研究中である。由来、速記方式が科学的であるためには略記法なるものは全廃さるべきである。しかし、略記法にすぐるとも劣らざる縮字法の発見されない限り、にわかに、これを廃することはできない。本書には、まだ僅かではあるが略記法が残っておる。さらに略記法全廃、縮字法をもつて首尾一貫、純科学的に組織されたる速記法として、諸君に見えることも余り遠きことではあるまい。」
 「本書に発表する方式は、中根式基本文字、中根式の特徴たる逆記インツクキ法、助詞法の基礎を寸毫も変更せず、即ち中根式を基礎として、さらにその上に中根式の表音速記法として不備な訓読転化法を全廃し、四種線略字、特殊略字を極度に制限し、新たに「和語縮字法」「外国語縮字法」を制定し、なお、速記文字使用の数字方式を制定した、しかもこれらは全部逆記法の発展であって、反中根式でも外中根式でもない、これ即ち超中根式と称するゆえんである。」
 以上は拙書「超中根式速記法」の序文の抜粋である。これによって、大体中根式との区別はおわかりのことと思う。
 超中根式は現在どこまで進んだか
 昭和17年8月号の「日本の速記」に「略画法の原理とその応用」と題して、その後の研究の一部を発表した。以下はその中の一部である。
 「私自身実務者であるために、現在使用の速記文字並びに基本方式を全然脱却することができない。ただ多年の実務上の経験及び教授上の体験から、中根式の長所である逆記法、及び助詞法をほとんど全廃したことになる。(中略)私はかつて一語一線化の研究を発表したことがあるが、今はさらに進んで、一文節一筆化、遂に一文節一線化まで研究の歩みを進めたいと念願している。」
 ここに至って、多年の懸案であった、首尾ともに筆端の符号(円とかカギ)をなくして、運筆の流暢を期することができた。
 ところが、同年の秋、かりそめの風邪気味で、布団の中に安臥して、天上を眺めているとき、忽然として、真に忽然として電光のごとくある考えが閃いた。それは、一旦気がついてみれば何でもないことが、そこから早速、私の手元にある数十冊の内外の速記書を探してみたが、このような大胆な方式を発見することができない。名付けて「表象法」というのであるが、これは表音法、表意法に対するので、言いかえれば、音によって綴字された字形から短縮法を考えることなのである。この表象法の応用によって、何音の音でもa一線になり、極端に言えば、いかに長い文章でも一線になり得たる。ここに我々の理想とする、一語一線化、及び一文一線化も、初めて一応の解決を見、爾来今日まで盛んに実務に活用し、いよいよそにの妙用に感激しておるのである。なおこの表象法は、必ずしも中根式のみに限られず、何式にも、その単、複、折衷を問わず、応用可能であるから、全て高速度速記法の根本原理が「表象法」であると言っても過言ではあるまい。
 超中根式はどこで教えているか
 一般に「超中根式速記法」に、発表の範囲は同書をご覧になれば、同書の巻末に「超中根式速記法の学習方法」として、大体、10週間の日程をつくっておいた。
 本式を初歩から手ほどきするところは、京都市左京区内、鹿ヶ谷寺ノ前町、京都速記研究所及び大阪市住吉区帝塚山3ノ20、大阪速記研究所の2ヵ所である。
 表象法は京都速記研究所で直接教授している。無論まだ書物にはなつていないので、受講者自ら筆記してもらうより仕方ない。中根式化に超中根式、さらに表象法と進まれるのが順序かと思う。
 総合雑誌として「速記研究」を大正14年1月から昭和10年まで発行していたが、現在はまだ復刊の域に達していない。「超中根式速記法」は昭和13年版のクロース版がまだ相当残っているから、京都速記研究所あてお申し込みになればよろしい。
 表象法はどのくらいで覚えられるか
 中根式または超中根式で相当の速度が出るようになった人または方式に不備を感じた人は表象法を受講されるがよい。別に講習会など開かないが、説明だけなら2〜3時間、覚えるとなると1週間くらい練習すればよい。中根式の研究団体などご希望があれば、出向のご相談に応じてもよい。ただし京都から余り遠方は困る。
(筆者・京都速記研究所長 森卓明)
 
※現在、「京都速記研究所」及び「大阪速記研究所」は閉鎖しております。
 
 

■ 2005/09/08 (Thu) 拾い読み ある感想
 日本速記協会機関誌「日本の速記」(昭和28年3月号 第211号 復刊51号)に、「ある感想」の中で牧泰之輔(たいのすけ)さんが、下記の投稿をされております。
 
 偉大なる熊崎健翁
牧 泰之輔
 かつて小生が超熊崎式と名乗ったことを僭越なりとして日本速記協会において、今回発刊の日本速記年表にも超熊崎式と名のつく著書は、一切紹介されていない。(森さんの超中根式も見当たらない)。で、小生去る9月速記発表70周年記念大会において、参議院の廊下で熊崎健翁先生に出会い、初対面のあいさつ、名刺交換とともに「私が超熊崎式と自称したことが失礼に当たるという説があるゆえ、さような解釈もできるかと思っておりますが……」と言ったところ熊崎先生は言下に「速記は私物ではない、公器であるから、超なりとつけてどんどん改良発展してください、私は一寸も悪く思っていない」と言われた。小生その偉大なるに大いに感じたりである。しこうして今回年賀状葉書に「先日の寛大なるお言葉に感激している」旨を簡単に書いた。そうして返事が来たって「賀正」くらいのものだろうと思っていた。しかるに次のごときお返事が来た。「世界の大勢より見て日本は緊褌一番の要あるときです。貴君等壮年各位の渾身の御奮闘を祈ります。細事小節にこだわるときではないのです。機会もあらばまたお目にかかりたいと思います」と、偉大なることこの上はない。
 しかし小生は今後超熊崎式とは名乗らない。それはたとえ一部の人との間とはいえど、超は失礼であるとの解釈があるとすれば、さような文字は使わぬ方が無難であるからである。ちなみに小生が昔、とつけた理由は、新熊崎式というのが九州のどっかにあったから、新はつけられぬし、森さんの超中根式というのがあったからである。
 
※熊崎健翁(熊崎健一郎)
 
 

■ 2005/09/06 (Tue) 速記講座 下段略字
 下段は、ラ行省略と下段略字(口語略字)に使用しておりますが、下段略字には「音」の一部を取った摘記略法と、「音」とは関係がないものがあります。
※速記法則の部屋→中根速記学校の体系→18.下段(42ページ)。
(「中根速記学校の体系」はPDFファイルです)
 
 我々中根式関係者は、何の疑問を持たないで「マセン」は「ノ」、「デス」は「フ」、「ナガラ」は「ヌ」と書いております。
 平成11年7月に植田先生からお聞きしました。
 「マセン」「デス」は、中根式創案当時から使用されておりますが、「マセン」は「no(ノー)」ですから「ノ」と推測できます。
 「デス」は、ピットマン式の「are」ですから「フ」の字形になります。
 「ナケレバナラヌ」の「ニ」は、「ナ」を2回書くと濃線の「ニ」です。
 「スル」の「シ」は、スルの動詞の変化型です。
 「アル」の「ハ」、「イル」の「ヒ」、「オル」の「ホ」は、「借用」という法則で説明できます。
※速記法則の部屋→植田裕先生の体系→逆流・反転・借用。
 
とまではわかりました。
 
 「ナガラ」は、なぜ「ヌ」と書くのでしょうか。中根式の文献では中根正世著「通俗 中根式速記法」昭和2年11月15日発行までさかのぼります。
 中根正親著「中根式日本語速記法」(中根式速記法講解)大正5年2月発行及び大正8年8月の「第4回 中根式速記法講習会」で使用されたテキストには掲載されておりません。
 森卓明著「超中根式速記法」昭和6年12月5日発行にも掲載されておりません。
 中根正世先生が追加されたことが文献で容易に推測できます。
 なぜ「ナガラ」に「ヌ」を当てたのか、中根正世先生に聞きそびれてしまいました。
 「ナガラ」は頻度が高い言葉です。ナ行に下段略字(口語略字)を当てはめていきますと、
 ナ=ナリ、ナル  ニ=ナケレバナラヌ  ネ=ネバナラヌ  ノ=マセン
となります。
 「ナガラ」は「ナ」の正側中部に加点(ヌの半分)にすると書きにくいので、「ヌ」が空いているので「ナガラ」の略字に持ってきた。
 濁音の「グ」と「ブ」に正側中部に加点をしております。
 または「ナカ」を一筆化すると「ノ=マセン」になるので、都合が悪いので「特定略字」して使用した、と推測できます。
 下段略字は上段略字に続けて書きます。
 例を挙げますと「考えている」と書く場合には、「考えて」は上段ですが、「いる」は下段です。上段と下段を離して書くと運筆上、上段から下段まで移動しますので、「コウ+ヒ」と続けて書きます。
 
 

■ 2005/09/04 (Sun) 拾い読み 他式から見た中根式
 中根式関係者は当たり前のように中根式を使用しておりますが、他式から中根式はどのように見られているのでしょうか。
 中根速記協会機関誌「速記時代」(昭和36年9月号)に塙英男さんが「書評 中根式速記の基本教程について」書かれております。
 塙さんは当時、東京速記士会理事長で、貴族院速記練習所の第11期(昭和3年10月入所、昭和5年9月卒業)です。
 
※中根洋子著「中根式 速記の基本教程」中根速記学校出版部 昭和31年12月25日初版発行。昭和44年4月1日 第9版発行が最終版です。
 中根洋子著「中根式 速記の基本教程」は、中根速記学校本科生の教科書として昭和52年まで使用されておりました。
 中根速記学校の昭和52年4月入学生が使用したのは第9版です。
 
(前略)
 中根式の第1の特徴は単画であるという点である。この方式の発明された大正初期の時代の速記者は、皆複画の符号を用いていた。まず母音字と父音字を設定し、両者の結合によって子音字をつくっていたから、母音、父音以外は、1つの音をあらわすのに2筆を要した。それが全部1筆で済むようになったから、非常なスピードアップである。
 スピードアップはよいとしても、符号の簡単化と判読は常に反比例するものであることを私どもはよく知っている。私自身の経験によっても、完全複画では話の速度に間に合わないので、可能な限り単画にしようとすると、書くときはうまくいくが、反訳に際してひどく困難を感じたものだ。
 それはそのはずで、画線を非常に節約するから、わずかの角度、長さ、濃淡、位置の差でも、全然別の字になるからである。単画にはそのような危険性がある。それを排除し、カバーするためには、学習者は教程に示されたルールを厳格に守り、完全習熟をして、反射的に手が動き、しかも正確に書けるようにならなければならない。もちろん著者は、その前提を百も承知だからこそ、「あくまでも正確に……」ということを、この本の至るところで強調しているのであろう。
 第2の特徴はインツクキ法である。これは漢字の分析研究の結果、その性格、習性傾向を突き止め、その基礎のもとに構成されたものであって、この方法は、それから以後の各式に大きく影響した。この点では創案者の文字学者としての識見を高く評価してしかるべきである。
 この本は、前書き、後書きを除き、全体が17の課に分けられているが、インツクキ法は第6課に、他のどの課よりも多くのページを割いて詳記してある。それだけに重点の置きどころを示されたような気がしたし、第6課こそは、本書のヤマと考えられる。
 第3の特徴は音訓転記である。中根式を習っている皆さんは、それほど値打ちのあるものとは思っていないかもしれない。ちょうど我々が空気を大切なものと思わないように……。
 しかし私ども他式から見ると、これは全く驚くべき発見と言わざるを得ない。ワタクシをシと書き、ヨロコビをキとするたぐいである。これほど画線が省略され、速く書けるか知れないからである。こういう着想が生まれたのも、創案者の文字と言葉に対する造詣の深さにほかならない。
 全ての速記文字は表音文字であることを原則としている。我々は言葉(音)の流れに従って、逐語的に記録していく。それは淀もない川の流れのようなものである。そのときワタクシと言われて、「まてよ!、これは音で読めばシだぞ……」と考えて書くとすると、そのことに抵抗を感じて一時川の流れが止まるのではないかいう疑問を兼ねて持っていた。
 この音訓転記は「上段」という課で扱われている。説明は2ページの簡単なものだけに、それのみではこの疑問は解消されなかったばかりでなく逆にそれを裏書きするに「乱用は危険だから、能力に応じ、徐々に活用せよ」と記されてあった。だがこれは、この式の友人に聞くと「ワタクシをシと書く法則があって、それに習熟することにより、何の抵抗もなく、ワタクシと聞けばシが出て、自然にシがワタクシの略字であると観念されるようになるものだ」とのことであった。あるいはそうかもしれない。
 以上、幾つかの特徴を挙げたが、田鎖式が音韻学に立脚しているのに対し、この式の全体からは文字、特に漢音字の性格分析を基本として、そこから出発しているような感じを受けた。
 全巻123ページ、定価250円で手ごろなものである。速記を習いたいと思い立ち書店を訪れた場合、目に触れるものは全て他式の数冊で、本式系統のものはどこにも見当たらないのはどういうわけであろうか。
 書店に並んでいる速記教本を見ると、いずれも長々と速記の生い立ちとか、学習の心構えを述べていて、なかなか本論には入ってくれない。大衆はまず速記符号とはどんな形をしているものであろうかということに興味を覚える。その意味で本書は、第1課の講義に入る前の段階で、いきなり基本文字の全貌を明らかにしている点は、読者の心理を巧みにつかんでいると言える。題名は「教程」という硬い表現でありながら、これによって購読者に非常に親しみと好感をいだかせることは間違いない。
 
 塙さんが書かれているように、一般の書店では中根式の本が並んでおりません。
 中根式関係の本は東京・中根速記学校出版部が取り扱っておりましたので、古書店でも中根式の本が出ることはまれです。
 私も中根正世著「中根式速記」昭和27年4月初版を市内の古書店で見つけました。
 
 

■ 2005/08/31 (Wed) 「速記道楽」開店2周年を迎えて
 平成15年8月31日に「北の道楽おやじ&ブラック」コンビで当サイトを開店して満2周年を迎えました。
 開店当初は3MBの容量から始めて、現在 Web 上は33MBになりました。
 2年目もいろいろな文献を掲載いたしましたが、「北の道楽おやじ&ブラック」コンビの極めつけは「速記基本文字総覧」です。当サイト開設以来の大きな作業でした。
 「中根式21世紀型はやかな」及び「スピードメモ法 概要」を収録いたしました。
 「スピードメモ法 概要」は一太郎2004を駆使して作成しました。
 「速記法則の部屋」補完資料として、PDF版「中根式関係資料」のCD-Rを速記関係者へ特別に無償配付が完了しましたので、「森卓明先生の体系」「稲垣正興先生の体系」「その他の体系」は新規の図版作成を行いません
 「植田裕先生の体系」は、新しい原稿を入手次第掲載する予定を組んでおります。
 当サイトでは容量が大きくなり、全体像の把握ができるように案内板として「速記道楽 概要」を新設いたしました。
 
 

■ 2005/08/30 (Tue) 「日本速記百年史」の時代区分
 「日本速記百年史」の時代区分をご紹介します。
 
第1期 日本語速記の成立(明治元年〜明治23年)
 1.欧文速記との接触
 2.田鎖式の成立
 3.実用化への道程
 4.当時の速記界
 5.帝国議会への進出
第2期 速記実務の発展(明治23年〜明治45年)
 1.帝国議会の速記
 2.田鎖綱紀の表彰
 3.新聞・通信社の速記
 4.方式研究の発展
 5.速記者団体の興亡
第3期 速記教育の向上(大正元年〜大正15年)
 1.新研究の諸方式
 2.両院の速記教育
 3.日本速記協会
 4.需要分野の問題
 5.タイプライター
第4期 内部整備の努力(昭和元年〜昭和20年)
 1.需要拡大の努力
 2.記念会と速記士法
 3.速記方式の普及
 4.速記関係の機器
 5.速記実務の充実
 6.速記研究の発展
第5期 速記文化の復興(昭和20年〜昭和37年)
 1.終戦と速記界
 2.日速協と速記士会
 3.テープレコーダー
 4.文字電送機の発達
 5.裁判速記の実現
第6期 現在の情勢(昭和37年〜昭和57年)
 1.日速協の法人化
 2.関係機器の導入
 3.速記界の現状
 
 「国語速記史大要」と「日本速記百年史」では31年間の開きがありますが、「速記史」についての記述方法が違います。
 「日本速記八十年史」に20年分の内容を追加したのが「日本速記百年史」です。
 
 「日本速記百年史」のはしがきには、
 日本の速記は、ここにめでたく100年を迎えることとなった。その間いろいろの曲折があり興亡がありながらも、全体としては脈々と発展を続けて今日に至った。そのうちの主な事項を取り上げて経緯を明らかにして、100年の通史をまとめたのが本書である。
 その際、個々の項目については別途編集の年表に譲ることとし、全体の流れが明らかになるように努めた。それとともに、速記というのはどういうものであるか、速記者というのはどういう仕事をしているのか、ということについて、一般の方々にも理解できるように解説を加えた。ただし、速記のもとになっている速記方式については、その構成を概観するにとどめ、符号の例示を省くこととした。そのような専門的な解説のために、通史としての理解を妨げられることを恐れたからである。これについては、別途、日本速記方式百年史をまとめるのがよいと考えている。
(以下略)
 
 「日本速記八十年史」と「日本速記百年史」の違いは「第6期 現在の情勢」(昭和37年〜昭和57年)までの16ページ分を追加しております。
 「日本速記八十年史」の「各式50音表」の2ページ(田鎖式、ガントレット式、武田式、毛利式、熊崎式、中根式、岩村式、牧式、国字式、早稲田式、衆議院式、参議院式、山根式、米田式、石村式、田鎖76年式、ソクタイプ)を掲載しておりません。
 
 

■ 2005/08/30 (Tue) 「国語速記史大要」における時代区分
 武部良明著「国語速記史大要」における時代区分をご紹介します。
 
第1章 序説
第2章 明治以前
 第1節 速記欲と速記活動
 第2節 古代方式の種々相
第3章 明治前期(明治元年〜明治15年)
 第1節 近代速記の輸入
 第2節 速記技術の需要
 第3節 方式翻案の態度
 第4節 翻案方式の成長
第4章 明治中期(明治16年〜明治30年)
 第1節 速記術の成功
 第2節 速記態度と表音文字
 第3節 速記利用の状態
 第4節 当時の速記教育
 第5節 画線配当の論争
 第6節 帝国議会への進出
 第7節 田鎖式の成長
 第8節 速記文化の確立
 第9節 速記録と速記手段
第5章 明治後期(明治31年〜明治45年)
 第1節 技手制度の実現
 第2節 方式研究の機運
 第3節 方式構成の新方針
 第4節 電話速記の発達
 第5節 速字単画化の研究
 第6節 田鎖系の折衷派
 第7節 日本速記会の活動
 第8節 複画派の改良研究
 第9節 志那語速記の研究
第6章 大正時代(大正元年〜大正15年)
 第1節 同行縮字法の成長
 第2節 単画派の新研究
 第3節 邦文印字機の出現
 第4節 速記教育の発展
 第5節 斜線派の研究
 第6節 日本速記協会
 第7節 略字法の研究
 第8節 書記運動と音韻
第7章 昭和前期(昭和元年〜昭和15年)
 第1節 単画派の発展
 第2節 かな速記の研究
 第3節 折衷派の発展
 第4節 裁判速記と速記士法
 第5節 機械速記の研究
 第6節 用字用語と速記態度
 第7節 楕円派の研究
 第8節 新形式の折衷派
第8章 最近の情勢(昭和16年〜昭和26年)
 第1節 速記の科学的研究
 第2節 新研究の諸方式
 第3節 速記関係の諸機械
 第4節 速記界の現状
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